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黒澤映画-白痴-イトシー

今年は黒澤明監督の没後10年ということでNHK BS2 で彼の30作品を放送しています。その作品群の中で特に印象的だったのが『白痴』でした。僕自身がオジンになるまでドフトエフスキーの小説に触れなかったこともありますが、尽きなく考えさせられてしまいました。

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役者の演技力は現在のジャリタレの演技が白痴的だと思われるほどに情熱性が溢れていました。飽くなき人間性の追及の点で原作ドフトエフスキーの小説をこれほど映画で表現できている作品は今日になっても無いし、今後も有り得ないでしょう。それも1951年の若かりし黒澤が表現しているということは、、、信じられない。。。

美術性の成熟度においても 下記カットを御覧なさってくれれば理解できると思います。

Hakuchi2_p1

また、ABBA四人囃子の故郷である札幌の60年前の風景も満載です。

(藤学園、北大構内、旧札幌駅、旧北海道鉄道管理局、北大ポプラ並木、北三条通り付近の石造倉庫、大通公園、狸小路、創成川、市電、馬そり、中島公園での氷上カーニバルなど見れます)

主役俳優の森雅之は小説家の有島武郎さんの息子さんで白石区出身。。。それから若かりし久我美子さんの原節子さんにも優るとも劣らぬ美しさにうっとりしました。

016_p1

◇参考

以下はウキウキ辞典から引用した あらすじ です。くれぐれもこれから見る方は読まないでください。。。。

若い公爵レフ・ムイシュキン(森雅之)は幼時から重度のてんかん症状によりスイスで療養していたが、成人して軽快したためロシアへ戻ることになった。ぺテルベルグへの車中でムイシュキンは暗い情熱を秘めた男ロゴージン(三船敏郎)と知り合いになる。

ムイシュキンの両親は既にこの世になく、彼が公爵家の最後の跡取りであったため、遠縁にあたるエパンチン将軍夫人を頼る。ムイシュキンは純真無垢な人柄だが、あまりの世間知らずのためエパンチン家の人々からは白痴と陰口をたたかれる。ここで彼は将軍の秘書ガーニャが結婚を望んでいる謎めいた美女ナターシャ(原節子)のことを知る。彼女には身持ちが悪いとの悪評がついて回っていたが、実はロゴージンも含め多くの男たちから求婚される魅力的な女でもあった。

ムイシュキンも彼女と会って自分と共通する部分を感じ、ついに自らも求婚する。ところが彼女は最初にムイシュキンの善良さに気づきながらも、ロゴージンのもとに走る。こうして2人はライバルとなり、ロゴージンはムイシュキンを殺そうと企てるが、すんでのところでムイシュキンが発作を起こして人に気付かれ、失敗する。

そのうちに将軍の娘アグラーヤ(久我美子)もムイシュキンに思いを寄せる。ロゴージンを選びながらも、陰ながらムイシュキンを愛していたナターシャは、ムイシュキンに幸せになって欲しいと思い、アグラーヤに手紙で結婚を勧める。そのうちアグラーヤとムイシュキンは相思相愛になる。

しかし、アグラーヤは例の手紙のことから、ナターシャがまだムイシュキンを好きであり、ムイシュキンもナターシャを忘れていないのではないかと嫉妬する。そのうち遠くへ行っていたナターシャとロゴージンが戻ってくる。アグラーヤはナターシャとムイシュキンの関係をはっきりさせようとおもむくものの、かえってナターシャとムイシュキンを結びつけることになる。

ムイシュキンとナターシャは結婚することになる。しかし、ムイシュキンとの結婚当日になって彼女はまたロゴージンと逃げ出す。ムイシュキンが駆け付けたとき、彼女は既にロゴージンに殺されていた。ムイシュキンとロゴージンはかつて同じ人間を愛したものとして、ナターシャの死体の前で生活することを決める。ところが庭師に家に入るところを目撃されており、その生活は一夜で終わる。発見されたとき、ムイシュキンの症状は元の白痴に戻っており、療養の日々を送ることになる。裁判の結果、ロゴージンはシベリア徒刑となった。アグラーヤは自棄になって望まぬ結婚を急ぐところで物語は終わる。

てな感じです。

今日の『みんなのうた』は男女の愛の葛藤、、、Jealousyにしました。

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それではまた。taurus

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酒と薔薇の日々-イトシー

今日はイトシーと1年前リハビリ中のSWEETさんとのミュージック対決です。

それではSWEETさんのソロピアノをどうぞ!

「the_day_wine_and_roses.WMA」をダウンロード

次にイトシーのカラオケをどうぞ!

「the_day_wine_and_roses.(k).WMA」をダウンロード

The days of wine and roses

The days of wine and roses
laugh and run away like a child at play
Through a meadow land toward a closing door
A door marked "nevermore" that wasn't there before

The lonely night discloses
just a passing breeze filled with memories
Of the golden smile that introduced me to
The days of wine and roses and you

(The lonely night discloses)
just a passing breeze filled with memories
Of the golden smile that introduced me to
The days of wine and roses and you-oo-oo

酒はイトシーが得意、薔薇はSWEETさんが似合うということでこの卑怯な対決を許してくれれば ありがたいです。

でも SWEETさん、、、怒っちゃったら どうしよう?

ここは怒られる前に

保険で画像をUPしときましょう。

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転ばぬ先の杖です。taurus

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コメ子と紫陽花通り56

            - ひこうき雲-

東京方向に飛び立っていくtyphoonドロップさんが小さくなって ついには消えた。するとtaurusイトシーの頭の中では、、、1年前のドロップさんのブログで 下記のようなフレーズがあったことを思い出した。

ほかに選ばれた曲はユーミンの名曲ひこうき雲とかですよ(ちなみにこれを小田さんの透明感ある声で歌われた時、ボロボロに涙ちょちょぎれました。あんなに曲を聞いて感動したのは初めてかも). ということで、福山雅治さまは小田さまも認めた ...》

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1年前のあの時、ブログを読んでいたtaurusイトシーは『ひこうき雲』を口ずさんでいた。

「hikouki_gumo.WMA」をダウンロード

ひこうき雲/荒井由実
作詞:荒井由実 作曲:荒井由実

白い坂道が 空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は 昇ってゆく
何もおそれない そして舞い上がる

空に 憧れて
空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの
今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも 若すぎたと
ただ思うだけ けれどしあわせ

空に 憧れて
空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲

空に 憧れて
空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲

しかしながら あれから一年後、typhoonドロップさんのイメージは、ちょっと違っているようだ。つまり、、、飛び方が根本的に異なるのだ。

Photo_3 こんな感じの渡り鳥的な飛行方法でもなく、、、

そう言えば、今年の二月にカップルで居酒屋さんで居たとき、フィギュアスケート安藤美紀の精神的脆弱性の件で見知らぬサラリーマンと大喧嘩したと言ってた。

それから今年の三月に引越しをしたと言っていたし、(結婚したわけでもない)

それから四月以降、ブログを滅多にUPしていないし、、、これは、、、

もしかしたら 

もしかしたら

もしかしたら

彼女の《ひこうき雲》は

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あくまで《イトシーの頭の中》での話しなので誤解なきように。。。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り55

         -そして僕は途方にくれた-

モールス信号音をたよりにtaurusイトシーはサルスベリの木の下から抜け出し、別所沼の岸辺にたどり着いた。空を眺めるとたくさんの鳥たちが飛んでいた。その中でヒトキワ、謎の飛行物体UFO的な異種感を放ちながら漂いながら飛んでいる飴玉のような物体を発見した。。。。Doroppu_2

taurus『君はもしかして、、、ドロップさんですか』と尋ねると

typhoon『そう、、、私はカリスマ編集プロのドロップです』と答えた。

taurus『僕の全員集合!の合図が届いたんだね』

typhoon『そうなの、、、編集で I am busyだったけど珍しく 時間が取れたから、、、でも用件が済んだら すぐ家に帰るわ。それで、、いったいイトシーさんは私に何をしてもらいたいの?』

taurus『いえいえ、僕はただただ、ドロップさんにさいたま浦和で究極かつ至上的である紫陽花通りを見てもらいたくて 呼んだだけです。しかし《掛けた女》が立原道造の遺言としてですね。。。紫陽花通りに託した謎を解かない限り、sagittariusラクプップーさんの就職も紫陽花通りの見物も許さないと言うわけですよ。それでtyphoonドロップさんにその謎を解いて欲しいと思って』と言ったあと、ヒヤシンスハウスの資料だとか、立原道造の草稿だとか、手紙をtyphoonドロップさんに見せたのであった。

すると彼女は『taurusイトシー、、、解る訳ないじゃん。でも誰かさんがやってきたら解ける訳なのね』と どうやら簡単にその謎の解明を諦めてしまったようである。

-そして僕(taurusイトシー)は途方にくれた-

それから微笑を浮かべ、ヒヤシンスハウスを一瞥し、そして《掛けた女》も一瞥しながら『立原道造が70年前から求めていた紫陽花通りを私の彼にも見せてあげたい。だから、、、間違いなく彼を連れてまた戻ってくるから待っててね』と言い残し、青空を駆け上がっていったのである。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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アルフィー-JAZZ リハビリSWEET

taurus イトシーです。

今晩は久し振りにUSA ナッシュビル在住のvirgoSWEETさんのリハビリ用のJAZZ PIANOのシンプルな演奏を紹介します。小脳梗塞から数週間後、1年前の2007.10.05に自宅でミニカセットと録音されたものであり、左手のリハビリ用であり、音質的にも1MGバイト以下でありますが、優しさとLOVEを感じる作品です。

それではアルフィーをどうぞ!

「alfie_t_chan_piano.WMA」をダウンロード

YOU TUBE で日本人のビックバンド演奏も見つけました。

参考までに これも 続いて どうぞ!

http://jp.youtube.com/watch?v=mhuIfsHn6Zs

》 秋の日に JAZZの世界も いとをかし 《 

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コメ子と紫陽花通り54

      -サルスベリの木の下で-

penguinカモップくんがペンギン歩きでコンビニから戻ってきているのを眺めていたサルスベリの木の下のtauruscatbudsagittariusの4人は悩んでいた。(やたら のが多い、、、)

それは急にsagittariusラクプップーさんが『コーヒーゼリーだなんて間違えちゃったわ。実はコーヒーゼリー以外のゼリーを!って頼むつもりだったんだけど。本当はフルーツまるごとゼリーが良かった。そして夕張メロンゼリーならもっと良かったけど。返金きくかな』と言い出したからからなのである。あまりにも《五月のそよ風をゼリーにして持つて来て下さい》という立原道造のフレーズが衝撃的だったとしても その勘違いによる再依頼は無理だろうと4人は頭を悩ましていたのだ。

しかしながら、ゼリーを胸で冷却しながらのpenguinくんは、もっと勘違いしていたのだ。つまり彼は《コーヒーゼリー以外のゼリー》を頼まれたと勘違いしていたのだ。なんてナンセンスなことだろう。。。それでも一件落着、、、喜んだ五人はフルーツまるごとゼリーを食した。

bud(イッツミー)『ねえー、カモップ、北欧のフィンランドってどんな感じ?』と尋ねると携帯ネットでPhotoを検索して皆に見せた。

_edited penguin『ここがヘルシンキ』と画像を見ながら皆は、その素晴らしい風景に息を呑んだ。

なんて素晴らしいところなんだろう!

それからcat(スットン先生)の過去の留学先での失敗談が始まった。この手の話について彼は以前に何度も話していたので壺を得ている。taurusイトシーはその話し振りを記憶にとどめる事に集中した。

なんて面白い話し方なんだろう!と感心していると急にモールス信号が遠い空の彼方から聴こえて来た。

「ツタタッ、タタタタ、ツタタッ、タタタタ」
「ツタタッ、タタタタ、ツタタッ、タタタタ」
「ツタタッ、タタタタ、ツタタッ、タタタタ」

これはもしかして『そして僕は途方にくれる』では無いか!

「sosite_bokuha_tohou_ni_kureru.WMA」をダウンロード

とすれば、、、とすれば、、、とすれば、、、あの鳩は、、、あの鳩は、、、あの鳩は!

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り53

じっくりと立原の草稿と書簡と略年譜を読んだあと、

cat(スットン先生)は『 タぐれが来るまで、夜が来るまで、一日、なにもしないで。
僕は、窓が欲しい。たつたひとつ。亨年24。うーむ。』と言い、腕を組もうとするが猫なので×印にしかならない。皆はその滑稽な姿を楽しんだのは言うまでもなかった。

sagittarius(ラクプツプー)は『わたくしたち、24の倍も生きてしまいましたね。立原はなんだか、ブンダンノチョージのお約束のような、最期が悲しい。「風をゼリーに」か。ふうむ。アサイさんは、きっと「これがそのゼリーですよ」と、手渡したにちがいない』と鳩は好物のスイートゼリーをついばみたい様子である。

その時、penguinカモップが缶ビールを大事そうに胸に抱えながらコンビニから戻った。ペンギンの冷たい胸がビール冷却に役立っていることに気づいたsagittariusさんが『悪いけどお願い、コーヒーゼリーを五つ買ってきて』と金を渡すと文句を言わずにpenguinカモップ君は、またコンビニへの単振動である。ナントモ、従順な方である。

sagittarius『嬉しいわ。ヒヤシンスハウスで童話が書けるなんて なんて素敵なことでしょう。そうだ紹介してくれた《掛けた女》さん、、、本当にありがとう』と言うと027

久し振りに《掛けた女》が『礼には及ばないですよ。sagittariusさん、それにヒヤシンスハウスでの仕事はまだ決定ではないの。つまり、立原道造さんがまだ了承してくれないのよ。彼は《紫陽花通り》の真の意味を理解できないといけないって言ってるのよ。その謎を解ける人は全員集合をかけた人達の中でただ一人、しかし 今だ 現れてはいないのよ』と言った。

いったい《紫陽花通り》の真の意味とは何だろう。

そして 残りの集合をかけた人々はいつ、やってくるのか?

virgoスイートさんの運命は?

今後も見逃せない『コメ子と紫陽花通り』、

そして劇的な終焉が最後に待っているのだ。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り52

       -ヒヤシンスハウスⅤ-

taurus(イトシー)『catスットン先生、、、70年の時空を超えたジオラマを感知した先生の嗅覚には驚きました』

cat『そうだろ、、、そうだろ。我輩は猫だからのー、朝飯前のこと?、、、いや違う、朝麦酒前(アサムギシュマエ)のこと、、、いや、照れる照れる。おいchickカモップや、ビール買って来いや、、、ほら金』 とあっという間に駄洒落で返す所に皆は関心していたが、

chickカモップさんが、あまりに若くして逝った立原道造に感化されたのか、もしくはビールによって勇気づけられたのか、『先生、、、絵文字のchickは余りにも小生にはつらい。だからせめてairplane(飛行機)位まで格上げしてってtaurusイトシーさんに頼んでよ。だって明日、留学のためにフィンランドに飛ぶんだから』と泣き声で訴えた。

cat『そうか、そうか。分かったよ。ただしairplane(飛行機)はちょっと大袈裟だし、機械や道具は人物像としてはそぐわない。よし。フィンランドだったら北極に近いからpenguinにしよう。良いよなtaurusイトシー、変更してくれ』と笑う。勿論、イトシーは受諾した。恋人のbudイッツミーもクスクス笑ったが、penguinカモップは喜んでコンビニに買出しに出掛けた。するとpenguinカモップのぎこちなく歩く姿を見ながら

sagittarius(ラクプツプー)『何よ、あの子。私だって道具のsagittariusで我慢しているのに』と言うと他のtauruscatbudは大爆笑だった。

sagittarius『ねえ、イトシー、、、立原道造さんのことはある程度知っていたけど、、、もっと知りたい。だってここで働くんだから 何か略年譜みたいな資料はないの』と言うとイトシーはすぐに携帯ネットの画面を彼女に見せた。

立原道造1914―1939

1914(大 3)  0 7月30日、東京市日本橋区橘町に生まれる。父貞治郎、母トメ。
立原姓は母方の家系で、近い祖に水戸藩の儒者立原翠軒、画家杏所  を持つとされ、荷造り用の木箱製造を家業とする。

1919(大 8)  5 父の死去により家督を相続するが、家業は母が取り仕切り、後に弟達夫が継ぐ。

1921(大10)   7 東京市久松尋常小学校入学。在学中首席を通す。

1924(大13) 10 この夏から一高卒業まで、御岳山での避暑をほぼ恒例とする。

1927(昭 2)  13 東京府立第三中学校入学。以後卒業まで多彩な活動を展開し、殊にパステル画では抜群の才能を発揮する。国漢教師の橘宗利について作歌を始め、北原白秋を訪問し、口語自由律短歌を『学友会誌』に発表する。自選の歌集『葛飾集』『両国閑吟集』、詩集『水晶簾』をノートにまとめる。

1931(昭 6)  17 第一高等学校理科甲類入学。一高短歌会会員となり、前田夕暮主宰の『詩歌』に連続して投稿する。物語「あひみてののちの」が『校友会雑誌』に掲載され、一高文壇の寵児となる。秋、堀辰雄の面識を得、以後兄事する。

1932(昭 7)  18 同人誌『こかげ』を創刊する。一高文芸部の編集委員に選任され、杉浦明平らの上級生に伍して活躍する。手づくり詩集『さふらん』を制作する。

1933(昭 8)  19 手づくり詩集『日曜日』『散歩詩集』を制作する。

1934(昭 9)  20 東京帝国大学工学部建築学科入学。自宅の居室を屋根裏部屋に移す。同人誌『偽画』を創刊する。夏、初めて軽井沢を訪問し、以後、毎夏、信濃追分の油屋に滞在する。室生犀星、萩原朔太郎を識る。堀辰雄が実質的な主宰者であった『四季』[第2次]の創刊に加わり、三好達治、丸山薫、津村信夫とともに編集同人となる。         第2号に組詩「村ぐらし」「詩は」を発表し、詩壇に初登場する。

1935(昭10)  21  課題設計「小住宅」により辰野賞を受賞。以後卒業まで、3年連続して受賞する。同人誌『未成年』を創刊する。以後晩年まで、『四季』を主な舞台として、青春の憧れと悲哀を音楽性豊かな口語で謳ったソネット[14行詩]を発表し、詩人とし        て活躍する。また、『コギト』『作品』『新潮』『文芸』『文芸汎論』などから寄稿依頼を受け、詩や物語を発表する。

1936(昭11)  22  シュトルム短篇集『林檎みのる頃』を訳出し、山本文庫として処女出版する。卒業論文「方法論」を提出する。

1937(昭12)  23  卒業設計「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」を提出する。
東大卒業後、石本建築事務所に入社し、建築家として将来を嘱望される。         「豊田氏山荘」を設計する。手づくり詩集『ゆふすげびとの歌』を制作する。          自装の第1詩集『萱草に寄す』、第2詩集『暁と夕の詩』を出版する。
冬から翌春にかけて、独居住宅「ヒアシンスハウス[風信子荘]」を構想する。

1938(昭13)  24 「秋元邸」を設計、施工する。春頃から水戸部アサイと愛し合うようになる。夏、肺尖カタルのため休職し、大森の室生犀星邸、信濃追分油屋で  療 養する。           第3詩集『優しき歌』、同人誌『午前』を構想するが、未刊となる。秋、盛岡市の生々洞に療養のため1か月ほど滞在する。冬、転地療養のため向かった長崎市滞在中に喀血する。帰京後、東京市立療養所に入所し、婚約者アサイの手厚い看護をうける。        手記[盛岡紀行][長崎紀行]をノートに綴る。

1939(昭14)    第1回中原中也賞受賞。見舞いに訪れた友人たちに《五月のそよ風をゼリーにして持つて来て下さい》と願うが、3月29日、病状急変し永眠。享年24歳。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り51

          -ヒヤシンスハウスⅣ-

taurus『これがヒヤシンスハウスの竣工記念プレートですよ』とデジカメの画像画面を皆にみせた。

Photo

taurus『もっと近くで撮った画像がこれです』と得意そうでもあるが淡々とした口調である。

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sagittarius『イトシー、これじゃ読めないわよ。立原道造さんが詩人であり設計家であることは分かるけど』 と いつも通りの ゴモットモ な クレームである。確かにB型らしい。

taurus『それでは 竣工記念プレートから抜粋した資料を』と携帯電話の画面を皆に見せた。

竣工記念プレートから抜粋

<建設趣意>

 詩人・立原道造は、1937(昭和12)年冬から翌年春にかけて、当時、葦がおい繁り静寂をきわめた別所沼の畔に、自らのために小さな週末住宅を建てようとしていた。

 立原は、詩誌『四季』を主な舞台として、青春の憧れと悲哀を音楽性豊かな口語で謳いあげ、わずか24歳8か月でその短い生涯を閉じたが、一方では、将来を嘱望された建築家でもあった。
東京大学建築学科の卒業設計「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」で構想した壮大な都市計画や、小住宅設計などに示された現代にも通じる立原の設計思想は、今日もなお多くの
人々に語り継がれている。

 昭和初期、浦和市郊外の別所沼周辺には多くの画家が住み、「鎌倉文士に浦和画家」とも呼ばれ、一種の芸術家村の様相をみせていたという。当時この地には、立原の年長の友人で詩人の神保光太郎、画家の須田剋太、里見明正らが住んでいた。また、立原と親交の深かった東大建築学科の同級生小場晴夫は旧制浦和高校の出身でもあった。これらのことから《芸術家コロ
ニイ》を構想した立原は、自ら住まう週末住宅の敷地として別所沼畔を選んだのであろう。

 立原は、この5坪ほどの住宅を《ヒアシンスハウス・風信子荘》と呼び、50通りもの試案を重ね、庭に掲げる旗のデザインを深沢紅子画伯に依頼した。さらに住所を印刷した名刺を作り、親しい友人に配っていた。しかし立原が夭折したため、別所沼畔に紡いだ夢は実現しなかった。

 立原が、「別所沼のほとりに建つ風信子ハウス」を構想してから66年の時が過ぎた 2003(平成15)年、別所沼公園がさいたま市の政令指定都市移行に伴い、埼玉県からさいたま市に移管された。これを機に、別所沼周辺の芸術家たちの交友の証として、立原がかつて夢みた 《ヒアシンスハウス》は、「詩人の夢の継承事業」として建設の機運が高まり、2004(平成16)年11月、多くの市民たちや企業、行政の協調のもと、ここに実現することとなった。

<立原道造執筆の草稿と書簡[部分]>

★草稿「鉛筆・ネクタイ・窓」から[1938年秋頃執筆と推定]

 僕は、窓がひとつ欲しい。
 あまり大きくてはいけない。そして外に鎧戸、内にレースのカーテンを持つてゐなくてはいけない、ガラスは美しい磨きで外の景色がすこしでも歪んではいけない。窓台は大きい方がいいだらう。窓台の上には花などを飾る、花は何でもいい、リンダウやナデシコやアザミなど紫の花ならばなほいい。
 そしてその窓は大きな湖水に向いてひらいてゐる。湖水のほとりにはポプラがある。お腹の赤い白いボオトには少年少女がのつてゐる。湖の水の色は、頭の上の空の色よりすこし青の強い色だ、そして雲は白いやはらかな鞠のやうな雲がながれてゐる、その雲ははつきりした輪廓がいくらか空の青に溶けこんでゐる。
 僕は室内にゐて、栗の木でつくつた凭れの高い椅子に座つてうつらうつらと睡つてゐる。
タぐれが来るまで、夜が来るまで、一日、なにもしないで。
 僕は、窓が欲しい。たつたひとつ。……

★書簡 1937年12月17日 小場晴夫宛[東大建築学科同級生]
 ……僕は 疲れてゐる。何者にも。いつの間にか、僕は自分の晩年に就て 考へてゐる僕を見出す、どんな陽気な問ひからはじまつても、僕は やがて 自分の晩年をロマンのなかに悲しく描きはじめてしまふ。浦和に行つて沼のほとりに、ちひさい部屋をつくる夢、長崎に行つて 古びて荒れた異人館にくらす夢、みんな二十五六歳を晩年に考へてゐる かなしいかげりのなかで花ひらくのだ。

★書簡 1938年2月12日 神保光太郎宛[詩人・『四季』同人]
たうとう この手紙の最后で 僕の夢想をいちばんあとにまでかくしておかうとしたあなたに お知らせいたしませう 同封しましたのが その計画の製図されたものです 旗は 深沢紅子さんがデザインしてくれることになつてゐて それは僕にもどんなのが出来るのかわかりません ヒアシンス・ハウス・(風信子荘)といふ名前です(土地のことを具体的に早く定めなくてはならないのですがいつお会ひ出来るでせう)
  [中略]
 2. 同封の図面は二つありますが 地主さんにお会ひになりましたら ちよつとお伝へおきねがひたく どちらでもいいから見せておいて下さい僕も行つて 早く土地を正式に借り受けたいと存じます 百坪などいらないのですが あまりすくなくては貸してもらへないと
おもひますので 百坪と申します 出来たら 五十坪ぐらゐでいいとおもふのですが 五十坪のなかへ 四坪半の小家―を建ててもまだ広すぎる位です
 3. 里見さん[註・里見明正]にも はなしておいて下さい 僕は 近いうち 日曜日に もつと正確な 設計図を持つて 浦和に行きます そのときに 僕がはなすことがありすぎると混乱してしまうだらうとおもひますゆゑ 予備知識を画家[註・須田剋太]たちに注ぎこんでおいていただければ幸せです(実行家のエスプリでせう!)

★書簡 1938年2月中旬頃 深沢紅子宛[画家]
浦和に建てるヒアシンス・ハウスの図面を同封しました。/旗のデザインをして下さいましたら、たいへんにうれしく存じます。

★書簡 1938年3月下旬頃 高尾亮一宛[一高の先輩]
……それから、「ヒアシンス・ハウス」といふ週末住宅をかんがへてゐます。これは、浦和の市外に建てるつもりで土地などもう交渉してゐて、これはきつとこの秋あたりには出来てゐるでせう。五坪ばかりの独身者の住居です。これも冬のあひだしよつちゆうかんがへ、おそらく五十通りぐらゐの案をつくつてはすててしまひました。今やうやくひとつの案におちついてゐます。

★書簡 1938年4月上旬頃 深沢紅子宛[画家]
ヒアシンス・ハウスのこと、その家のとなりに住んでゐる絵描きさん[註・里見明正]が六日から写生旅行に行くので、そのアトリエを借りて家の出来上らない先に浦和に移らうとおもひます。

読み終えた後、皆のビールに寂寥感が漂い、ぬるくなったようであった。

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コメ子と紫陽花通り50

        -ヒヤシンスハウスⅢ-

cat(スットン先生)『ムフフフ、このPHOTO には、時空を超えたジオラマを感じる』とビール片手にsagittarius(ラクプツプー)とtaurus(イトシー)の間に割り込んできた。

taurus『スットン先生、ジオラマって何でしょうか?』と尋ねると

cat『この携帯電話を見てちょ!』と素早く返した。

ジオラマ (フランス) diorama
(1) 遠近法を用いて作られた映画のセット. (2) 遠近法を用いて書かれた風景画の中に物を置き,照明で照らして,それを窓からのぞき見る装置.

cat『ところで イトシー、ヒヤシンスハウスの建物裏は、どうなっている?』と尋ねられたのでデジカメ裏の画像を見せる。

Photo

今度はsagittariusさんが『設計スケッチだけでは中の様子が分からないわ』と言うので携帯電話で検索してみると

Photo

Photo_2

sagittarius『ここで童話が書けるなんて、イトシー、、、嬉しいわ』と喜び最高潮!  しかし

taurus『そうだよ、君はここで《掛けた女》になるのだ』と駄洒落を言うと 皆、白くなった。

そして

PHOTOをじっくり眺めていたcatスットン先生が突然、素っ頓狂な声で

『おいおい、ヒヤシンスハウスってのは、(2) 遠近法を用いて書かれた風景の中に物を置き,太陽で照らして,それを窓からのぞき見る装置. じゃないかい』と叫ぶと

皆はアッと驚き、頭が 真っ白に なったのである。

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コメ子と紫陽花通り49

-ヒヤシンスハウスⅡ-

sagittarius『ヒヤシンスハウスなんてロマンチックな名前ね。イトシー』と甘い言葉に対して

taurus『あーそうだ。僕もデジカメで写していたっけ、、、』と言い、デジカメ裏の写真をsagittariusに見せた。

Photo_3

sagittarius『中はどうなっているのよ』と追求の厳しい質問をするsagittariusさんに対して勝ち誇ったようにtaurusは携帯インターネットで応戦する。

『こんな感じ、でもこのスケッチ、1935年に設計されたものですよ。

Photo_2

そして2004年に造られるなんて本当にロマンチックな話である。

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コメ子と紫陽花通り48

-ヒヤシンスハウス-

sagittarius(ラクプップー)『相変わらず、歌が上手ね。taurusイトシー、、、聞き惚れてしまったわ』

taurus(イトシー)『とんでもないです。sagittariusさん、ただcatスットン先生にうまい、うまいと言われるものですから 調子にのってるだけです、、、ところでsagittariusさんの就職先の件ですが、事前に《掛けた女》に相談しておきました』

sagittarius『えっ、、何の職業?』

taurus『簡単に言うと公園管理人ですが、暇な時に童話も書けます、、、そしてほとんど暇だからね。書き放題ですよ』

sagittarius『ウワー、嬉しい。その場所は何処なの』

taurus『ここから歩いて二分位です、、、ケケケ』

sagittarius『そうなの、、、ねー連れってテヨ』

taurus『アハハハー、別に行かなくても この携帯電話に写っています。ホレ』

写された就職場所は

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ヒヤシンスハウスだった。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り47

-秋の気配-

tauruscatsagittariusbudchickの5人はサルスベリの木の下で一斉にビール乾杯をして久し振りの再会を喜びあった。

taurus(イトシー)『sagittariusさん、こりゃまた、はるばるで 遠かったでしょう』

sagittarius(ラクプップー)『私は軽量だから 札幌を飛び出て函館までは 苦痛が無かったのですが、津軽海峡夏景色の時、息が切れてしまって、、、でも恐山を越えて息継ぎできたから良かった。そこから まだ遠くて不安だったけれど。盛岡で東北新幹線の後部デッキに降り立つことができたのがラッキーだったわ。そこから新幹線一本ラインで別所沼公園だわさ。やはりADSL回線は速いわよ』と理解に苦しむ発言だった。。。いつものことだけれど石川さゆり風の鳩顔に見えた。

sagittarius『イトシー、小田和正のコンサート、良かったわ』

taurus『そうですか、それは良かったですね』

sagittarius『何、言ってるのよ。小田さんの曲、何か唄ってよ。  約束でしょ、、、』

taurus『でも 失恋の曲しか唄えないよ。《もう僕には花は咲かない》は唄っちゃったし』

sagittarius『何だって良いのよ。それにあの方、失恋の唄の方が多いんだから』

taurus『それでは《秋の気配》を』

cat(スットン)『やれやれ、《秋の気配》、、今は夏だけど《秋の気配》もいとをかし、フフフ』

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イトシーが唄い終わった後、budさんとchickくんの目には涙が潤んでいた。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り46

花見といっても季節外れの7月。それも晴天の朝方。愛の処刑池の《掛けた女》の風景では あまりにも 奇異な出来事。警察にでも通報されたら ことである。taurusbudchickcatの4人の集いはサルスベリの木の下で《掛けた女》を肴にして シメヤカニ 開催された。

cat(スットン先生)『chickカモップ、北欧はフリーセックスの国だよな。女には気をつけた方がいい。ワハハハ、、、冗談、冗談、、、でも朝からビールを飲めるなんて 最高、最高』と言いかけて バツが悪かったことに気づいて 東海林さだおのグルメ話に話を切り替えた。つまり、ビールが小腸の繊毛運動を活発にして 排便活動を促進させるのだが、その繊毛活動自体がビールの旨さを助長させるという話に移行させて、最後に『ワハハハ』とわざと馬鹿笑いするところが巧妙である。taurusイトシーは静かに笑いながら このテクニックを前頭葉に刻んでいた。皆、終始 にこやかに 歓談が進んでいたが、virgoスイートさんの話に及んで 彼女の安否が気になり 不安な空気が漂い始めた時に

bud(イッツミー)『あ、鳩が恥ずかしそうに歩いているわ、、、皆、、、静かに』とうながして四角池に近づいていった。そして人間達に気づかれないようにゆっくりと水面に体を下ろした。

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bud『ハトさん、ハトさん、、、あなたはもしかして、、、スイートさんなの?』

鳩は振り返って ニヤッと笑いながら

『何、言ってんだよ。budイッツミー、、、私はsagittariusラクプップーよ。号令を聞いて札幌から舞い戻ったのよ』と返答した。サルスベリの下のtauruschickcatが喜んだのは言うまでも無かったし、その後、taurusbudchickcatsagittariusは、また しめやかに そして にこやかに歓談が始まった。それにしても7月の朝のビールは旨い!

》》》 TO BE 続く 《《《 

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コメ子と紫陽花通り45

-キショウブとサルスベリ-

budイッツミー『本当、《掛けた女》は女性の目から見ても 綺麗、、、だ・べ・さ』と下品が伝染したようだが、逆に本来の上品さが目立つような感じだった。

taurusイトシー『ねえ、ねえ、イッツミーさん、側に綺麗な花が咲いているんだけど名前を教えて』と頼むと『いいわよ』と軽い返事でペタペタとイトシーの後を追った。

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bud『これは多分、アヤメ科のキショウブだと思うわ。それにしても色が濃くて綺麗、、、だ・べ・さ』と目を見開いてうっとりと鑑賞した。

taurus『ところでchickカモップさんはどうしたのかな?彼にも見せてあげたいから』

bud『彼は今寝てるわ、ゆっくり休ませましょう。明日北欧へ旅立つのよ。。。留学だべさ』とまた、悲しみの表情に戻った。。。

それで

taurus『あーそうそう、、、木のクイズがあったんだ。教えて 教えて』とまた元の場所へ誘った。

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そして『これはサルスベリ(百日紅)だべさ』と一発回答で気分を取り直したようだ。

するとその時、するっとサルが滑ったように 猫が頭上の百日紅から落ちてきたのだ。

『イテイテテ 』と お尻を舐めていたのは

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勿論、catスットン先生だった。

『イトシー、お前の全員集合を聞いて すぐ鳩になって《愛の処刑池》に向かったんだけど 俺のパソコン、まだダイヤルアップ方式だから 速度が遅くてね。疲れて腰が痛くなっての、つらかったべさ。やっとこさ着いて木に降り立ったのは良かったんだけれど猫に戻ったら このザマだよ』

taurus『遠路ハルバル、お疲れさんです。スットン先生、、、いらっしゃい。。。嬉しい』

cat『いやいや、chickカモップの帰りが遅いこともあってな。大阪空港に連れて行かないとまずい。明日の午後3時の便だから』と言うとまたまた、budイッツミーの表情が曇った。

cat『いやはやはやはや、イッツミーさん人形コンクール4位入賞おめでとう。良くやったね』と気配りも滑らかだったが『おい、chickカモップ、何寝てんだよ。起きろよ』と事情も知らずに起こしてしまうところが、スットン先生の憎めない所である。

cat『とにかく、、、ビールが飲みたい。chickカモップ、はい金、買って来いや、今日は花見だろ、、、紫陽花の』と口も芸達者である。。。変わらない。。。三つ子の魂。。。百までも。。。とにもかくにも圧倒されるだけのイトシーだった。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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コメ子と紫陽花通り44

ベンチのイトシーは悪夢を見ていた。それは疲労困憊したvirgoスイートさんがハワイのキラウエア火山の火口の奈落の底へ落下してゆく夢だった。なんという悲劇だろう。せっかくリハビリ学校を卒業できたのに、、、てな感じの夢の途中で足先をつつくモールス信号を察知した。

目を開けると猛烈な太陽光に網膜を刺激されて クラクラしたが、信号の主はbudイッツミーであることを理解するまで さほど時間が掛からなかった。何故なら彼女は昨日以上に美しくなっていたからだ。Photo

bud『イトシーさん、素敵な歌、ありがとう。おかげで《掛けた女》になれたわ、、、』

taurus『そうかい、それは良かったじゃない。でも人形コンクールの方、残念だったよね』

bud『良いのよ、また来年があるし、それよりも愛の方が大事。。。それにしても朝陽を浴びた《掛けた女》も素敵よね、、、イトシーさん』と言われ、改めて《掛けた女》を見ると

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きれいだべさー。

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きれいだべさー、とかっこよく表現できない状態のイトシーだった。

》》》 TO BE CONTINUED 《《《

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